生命保険はじめました
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土曜から日曜にかけての大雪によって、ボストンの街は雪ですっぽり覆われてしまった。我が家はduplexといって、3階建の家が縦で2軒に分かれているのだが、お隣さんと協力して裏の駐車場に雪かきを行なった。近所のメキシコ人のおばさんからスノー・ブローアーという雪かき専用機を借りることができたが、それでも腰の高さまで積もった雪を掻き分けていくのは大仕事。お陰で、2日経った今でも背中と腰が痛い。月曜日はハーバード大学全体が休校となったのだが、ビジネススクールだけは別扱いで、授業は通常通り行なわれた。全体の7~8割がオンキャンパスのレジデンスに住んでいるのだから、言い訳はできない。オフキャンパスの学生は各自の判断によって欠席が認められていたものの、セクションメイトのほとんどが参加して授業が行なわれるとなると、心理的には休みづらい。結果的に、ほぼ全員が登校してきた。 ところで、ここのところ毎日のように続いている、LCAの授業が面白い。簡易的には「企業倫理」と説明しているが、実際にはコースはLeadership and Corporate Accountabilityといい、秋学期のLEADの授業の続編のような色彩と広がりを持っている。ポスト・エンロンのリーダーシップ教育としてHBSが今学生たちに胸を張って送る、看板コースの一つだという。 結果的に「きわどい」判断が要求されるようなビジネス上の判断には、短期・長期的に企業の収益にとってどのような判断が望ましいかという点に加えて、何が法律的に認められているかという法務面と、自分の信条や倫理的な判断に何が合致するかというきわめて個人的な「軸」と照らした判断が要求される。HBSもナイーブではないので、小学校の道徳の授業のように、講義で倫理の類が教えられるとは考えていない。しかし、実際に企業倫理が問題となった具体的なケースを疑似体験することを通じて、必ずしもビジネスパーソンが理解していないような法律的な知識をきちんと植えつけるとともに、個人の考え方をチャレンジしていくことによって、将来ジェネラル・マネーカーとして類似した状況に直面したときに、よりよい判断を下すことができるよう、自分なりの信念を構築していく機会を与えてくれる。 本コースは大きく8つのモジュールに分かれている。 1. 投資家への責任 2. 顧客への責任 3. 従業員・サプライヤーへの責任 4. 公共・社会への責任 5. 外部からのガバナンス 6. 内部のガバナンス 7. リーダーシップと個人の価値観 8. まとめ 去年の夏、HBSに来たばかりの頃であれば、この授業で自分の意見を述べることは難しかったように思う。あったとしても、きわめて戦略的・技術的な解決方法(その場のしのぎ方)を言うくらいだろうか。しかし、これまで考えてきたこと、友人とのinteractionを通じて、少しずつ自分なりの「軸」らしいものができ始めたような気がする。 月曜日のケースの舞台は投資銀行のトレーディングフロア。凄腕上司の指示で、顧客をミスリードするような資料をファックスすることを要求される新入社員の話。複雑な為替の先物取引であるのをいいことに、不当な利ざやを得ようとするが、顧客が疑い始めている。そこで、彼らが納得するような、実は本件には該当しないような間違っている資料をファックスするよう指示されているわけだ。 皆は、いかに自分のポジションを守りつつ、会社にとっての儲けを確保することができるか、上手に「落としどころ」を探そうとする。反対の人も、短気なトレーダーの上司に首にされないよう、どうやって自分の職を守ろうか、そんな視点から議論している。ちょっと違うんじゃないの、そう思って授業の後半で手をあげた。 ***** これまでの発言を聞いていてもそうだけれど、僕たちはついつい、tacticalに意思決定をしがちだ。でも、自分のよりどころとなるprinciple, valuesを持たずに、そうやってその場その場での判断をしようとしていると、本当にグレーな問題に直面したときに、誤った決定をしてしまうのではないか。これまで見てきた大きな企業スキャンダルも、その場しのぎの判断の結果として起こったように思える。 僕が言ってることがナイーブだと思わないで欲しい。僕も22才の新米アナリストだったら、落としどころを探し、誰よりも上手に立ち振る舞うことができたと思う。でも30近くになって、この学校で教育を受けてきた今の自分は、自信を持って言うことができる。指示されたことはできません、それは自分のprincipleに反するから。僕はもう何らかのパズルを解くように最適解を見つけようとするのは辞めて、自分の明確なprinciple、ぶれない軸に基づいて、胸を晴れるような判断をできるようになりたい。 ***** これらの考えは、これまでRastoやTravis、あるいはFabriceといった友人に触発されてきたところが大きい。必ずしも100%自分のものにできたわけではなく、上のように力強く発言したのも、自分に言い聞かせる意味もあったのだと思う。しかし、この2年間が終わったときに、一つ学んだことがあったとしたら、自分の明確な信念と価値観を持って、自分自身に忠実に生きていくことができるようになった、そう胸を張って言えるようになりたい。 Fabriceとの会話 http://hbslife.exblog.jp/m2004-10-01/#675201 Rastoとの会話 http://blog.drecom.jp/totodaisuke/archive/79
by diwase
| 2005-01-26 06:39
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