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いよいよこの日が来てしまった。
ここ何日はすっかり陽気な天候が続いていたここボストンだが、再び雨に見舞われている。卒業式を明後日に控え、今晩家族が日本から到着。こちらでは卒業式は、家族が仕事を休んで駆けつける、結婚式並みの一大イベントだ。そして、それは卒業する者が30才近い大人であっても、変わりはない。6月9日にはハーバードの大学と大学院が一斉に卒業式を行なうため、ローガン空港には「いかにも」という感じの人たちがぞろぞろと到着していた。ボストン界隈のホテルやレストランも、今週は軒並み予約でいっぱいらしい。 明日の晩は学長主催で、ベイカー・スカラー受賞者(上位5%)とその家族向けのディナーが催されるのだが、最終学期も好成績で終え、無事このディナーへの招待を受けることができた。日本人では4人目、14年ぶりとのウワサ。最後の最後まで、集中力を切らさずに勉強し続けることができた自分を、褒めてあげたい。明日は袴と着物で参加し、大和魂をアピールしてくる予定。気分はノーベル賞授賞式の、川端康成先生。 ○ ○ ○ それにしても、今週の村上さん逮捕のニュースは衝撃だった。ウェブでニュースを知り、一人で1時間くらい、3階の部屋で横になって天井を見ながら、呆然としていた。 彼らのこれまでの活動の功罪についてはあちこちで書かれているし、僕も彼の極端なまでの株主至上主義には疑問を呈したこともあった。しかし、今回の事件はさておき(インサイダー疑惑については、47thさんが示唆されているように、少なくとも逮捕直後に理解されていた事実関係のもとでは、法律上のクロシロは相当微妙)、また「ボロ儲けしてたのはけしからん」といった大衆ウケしそうな感情論を廃したきわめて冷静な評価を行なうならば、彼が日本の資本市場の発展に残した功績は非常に大きいと考えるべきだ。 それは、一言で言うならば、資本市場の資産評価機能の正常化を加速させ、定着させたことであると思う。 証券の価値評価は、利益やキャッシュフローだけでなく、投下資本・資産に対してどれだけ効率的なリターンを生み出しているか、というバランスシートの視点が不可欠である。眠っている資産(過剰なキャッシュや遊休不動産)を保有している企業は、「でもあそこは経営陣が古い保守的な考えだし、どう考えても資産を有効活用しなそうだから、しょうがないよなー」とあきらめるのではなく、それらを有効活用することを前提とした評価がなされるべきだし、資本市場はそれを強烈に迫る力を持つべきである。村上ファンドだけが理由ではないかも知れないが、ここ3~4年、ものすごい勢いで、あちこちでロックアップされていた資産が解放され再投資され、グローバルで見ても日本の資産評価が正常化してきたと感じる。明らかなアービトラージの機会がなくなったことは、社会経済の効率からは望ましいことだ。 米国では村上ファンド並に暴れているアクティビストは多数いるが、彼らは市場に不可欠な役割を果たす、一プレイヤーであるとみなされている。そこには、市場の価格付け機能への徹底した信奉があり、その原理を守るために、多少の荒波があることはやむを得ないと考える思想があるように思える。それは、資本市場の資産プライシング機能によって、マクロでみて最適な資源配分がなされるという、資本主義の根底にある原理原則への信奉だ。トレーディングで短期的なミスプライシングから儲けを取っていくのも、それが価格の正常化を生んでいくという点で、これに含まれる。 これに対して、わが国の資本市場は、資源配分において政府が大きな役割を担うという考えが強いことから、市場に資産評価機能はある程度認めるものの、それが犯すべからざる原理原則とは考えられていない気がする。かかる機能は(そのときどきの当局が考える)秩序とのトレードオフである程度犠牲にされてもやむをえないもの、そう思われているのかも知れない。ときの検察幹部が「株式取引による儲けは汗をかかない、尊い勤労ではない」という考えの持ち主であれば、その思想にあわせた「秩序の正常化」の動きが起こるわけだ。 現時点では事案の詳細や、他の違法な取引の有無は明らかになっていないから、軽はずみなコメントは差し控えるべきなのかも知れない。しかし、期待を胸にこれから日本に帰ろうとしていたところに、「出る杭は打たれる」、実に日本的な慣行を生々しく見せ付けられたことで、どこかで身震いがするような怖れの感情を生み、1時間も呆然としていたように思う。 ○ ○ ○ 最近各方面から問い合わせがある、卒業後の進路について。 2006年MBA卒業生のジョブ・マーケットはすこぶる好調で、幸いにも色々な魅力的なお話があったのだが、この冬にある投資家の方と出会い、その結果、東京の某投資会社で働くことになった。 キャリアを恋愛に上手に例えることには定評があるワタクシですが、言うならば、「ビビっときてスピード婚」といったところ。今後もまた皆様に色々と助けていただくことと思いますが、その節はどうぞよろしくお願いします。 この2年間、キャリアや人生についてはよく悩み、考えさせられた。特に印象に残ったのは、HBSの卒業生に対して投げかけられる、ある詩人の問いかけ: “Tell me, what is it you plan to do with your one wild and precious life?” ~ Mary Oliver, Pulitzer Prize winning poet 「さぁ教えてください、 一度しかない、あなたのワイルドでかけがえのない人生を、 あなたはどう生きていくのですか?」 僕らの両親が育ったような時代はまだしも、これだけ価値観やオポチュニティが多様化した、成熟化した資本主義の時代において、一度しかないワイルドでかけがえのない自分の人生を、大きくて有名な組織で安定を求めてあくせく働いて過ごすことの意味は、もはやなくなった。とにかくワクワクする毎日を送れる職場を、全力で追い求めるべきだ。 僕ら一人一人には、大きな可能性がある。目の前に開かれた道を妨げるものがあるとしたら、それは自身の怠惰、創造性や勇気、努力の欠如しかない。 自分という一人の個にユニークなエッジを活かして、自分にしかできない、めいっぱいワクワクする人生を送るべきだ。 僕は、ようやくそんな人生に向けて第一歩を踏み出せたことを、幸せに思っている。 ○ ○ ○ 以前ちょっと仄めかしましたが、この秋頃を目標に、某出版社から留学記のエッセイ集をベースとした本を出版する予定です。ブログの「日記」っぽい部分は、すでにウェブでお読みいただいたし少々野暮ったいので全面的にカットし、もっと「生のアメリカ」や、色々な点で米国的資本主義化しつつあるわが国へ示唆のあるような内容に絞って、整理し直しています。 内容は留学生活を通じてみてきた米国のファンド資本主義、リーダーシップと企業倫理、アントレプレナーシップ、グローバリゼーション、民と公の交差、キャリア論と、多岐に渡る予定。巷にあふれるMBA本では終わりませぬ。お馴染みの軽快な口調で、ずばりと切り込み、専門的な内容を分かりやすく書いた、面白い本になる と いいな と期待しつつ、遅々として進まない原稿に取り組んでいます。先日、サンフランシスコで梅田望夫さんとランチする機会に恵まれ、大変刺激になったのですが、ウェブ進化論までは無理でも、一人でも多くの同世代の人たちに、僕の留学体験から得た視座を共有できるものを作りたいと考えています。 ○ ○ ○ 今回の留学生活でブログを続け、自分の考えを発信するメディアを持てることのありがたみ(とそれに伴うコスト)を、痛感しました。仕事を始めても、これまでとはもちろん形は変わるでしょうが、何らかの形でまたブログ書けたらいいな、そう思っています。 それでは、またお会いする日まで! 2006年6月7日深夜 大雨のボストンにて 岩瀬 大輔 hbslife@gmail.com ![]() # by diwase | 2006-06-07 15:44
当初の予定よりも若干早いのですが、本日、2006年2月末を持って、ハーバード留学記を終了することにしました。 気持ちは、人気絶頂期に突然引退を発表した女優です(違うか)。 残り数ヶ月、勉強と執筆活動に集中したいと考えています。 留学中は、多くの方々から励ましの言葉をいただき、ありがとうございました。 夏に卒業後は東京に戻って色々と活動する「予定」ですので、 今後ともご連絡を取らせていただける方は、 どうぞ hbslife@gmail.com 宛てにメイルをいただければと思います。 最後に。 一度っきりしかない、大切な人生。自分の個性とエッジを活かした、生き方をしよう! * 残念ながら、過去の記事の配信はしていません。偽アドレスを名乗って送りますよ、という書き込みがありましたが、スパムっぽいので無視されるようお願いします。 # by diwase | 2006-02-28 14:12
Music: breath of statues. Perhaps:silence of images. You: speech, where all speech ends. You: time, standing vertically parallel to our vanishing hearts. Feelings for whom? Oh, you transformer of feeling into what? : audible landscapes! You stranger: music. You who have outgrown surge away from us.... in holy farewell: where our deepest center surrounds us as the most distant horizon, as the other side of air: pure, immense, no longer habitable. RILKE
明日の授業のリーディングで、「スポーツから学ぶチーム力向上」といったものがあり、久々に超・面白かったので備忘録代わりに。勝ち続けているスポーツチームと、ビジネスのチームの実証分析を比べながら、共通するポイントを7つ抽出しているのが、とても興味深い:
七つのレッスン Lesson 1: Integrate cooperation with competition 勝ち続けるチームでは、チーム内に協力関係だけでなく適度な緊張感を持った競争がある。スポーツのチームで言えば、レギュラーのポジション争い。(高い創造性で有名なデザイン会社)IDEOの例でいえば、それはブレインストーミングセッションの場。プロフェッショナルがそれぞれのクリエイティビティを見せ付けあい、チーム全員でどのアイデアを採用するかを決めていく。 ただし、この競争は ①場面を限って行なう(例えばブレインストーミングセッションだけ)、 ②特定の目的のみに向かって行なう(使えるアイデアをひねり出すこと)、 ③一定のルールのなかで行なう(他人のアイデアを批判しない)、 といった条件の中で行なうことが必要。営業成績を競う、といった無限定に競争を導入させるのでは、逆に協力関係を築きにくいので望ましくない。 Lesson 2: Orchestrate some early wins 前半に勝っているチームがそのまま試合に勝つ確率は、圧倒的に高いそうだ。同様に職場でも、"self-fueling spirals"と呼ばれる好循環に入ることが重要。小さな成功体験でよいので、早期の段階で経験するとメンバーお互いへの信頼とチームとしての自信が高まり、その後の活動に好影響を及ぼすそうだ。リーダーとしては作業を小さな括りに分けて、意識的に成功体験を作り出すことが必要。 Lesson 3: Break out of losing streaks 負け根性が身につくと、悪循環に入ってしまうが、ここからどうやって抜け出すかが重要。負け癖がついているチームはついつい外部のコントロール外の要因に負けの理由を見出しがちだが、そこでリーダーが実際に敗因がコントロール可能な要素にあることを示し、勝ちへ持っていくことを示すことができれば、メンバーのメンタリティも大きく変わる。 Lesson 4: Carve out time for practice 一流であればあるほど、練習の重要性を説く。試合と同じくらい、あるいはそれ以上に重要だ。にもかかわらず、我々はビジネスの現場では練習のために時間を取ることができず、常に本番だけを走り続ける。そこでリーダーが意識的に「練習」」の時間を作り出すことが重要になってくる。練習と失敗の場を、組織化して作っていくことが重要だ。例えば1ヶ月か四半期に一度、メンバー全員で集まって営業プレゼンテーションをレビューする。これによって、より早く深く組織としての力を高めることができる。 Lesson 5: Call half time 中間地点でタイムアウトをすることはとても有用。ビジネスの作業でも、ちょうど中間地点はチームメンバーがそれまでの活動を見直す、よい機会であるようだ。やり方は正しいか?改善できる点はないか?もしプロジェクトが長かったり、期限がない継続的なものであれば、リーダーが意図的に区切りとなるdeadlineを作って、その中間地点でチームがパフォーマンスをレビューをできる機会を作る。 Lesson 6: Keep team membership stable 勝ちチームは、メンバーがほぼ固定している。これによって、お互いの間合いが分かってチーム力が高まることは明らかだ。NBAで勝ち続けたチームも、商品開発を担当する50チームの分析も、同じ結果が出ている。同じメンバーで意味のある期間一緒に仕事ができるよう、意識的にスタッフィングをすることが必要。 Lesson 7: Study the game video 勝ちチームは、試合後にビデオを全員で見直すそうだ。これによって、自分以外の動きもよく見えるし、即座に改善点が見出せる。ビジネスの場でも、毎回数分でよいので、チームとしての動きでよかった点、よくなかった点を振り返る必要がある。 スポーツを事例にする際の注意点 Caveat: Choose the right sports team as a model チームはそのメンバー間の相互依存関係によって、野球型、アメフト型、バスケ型に分けられる。野球は個人間のやり取りが少ないのに対して、アメフトは各自が独自の役割を持ちつつもお互いに影響しあい、バスケはたった5名なのでお互いの動きが絶えず相互に影響を与え続ける。ビジネスの場合もこれらに例えられる。営業は野球型、組み立てラインはアメフト型、そしてクロスファンクショナルチームはバスケ型。自分たちのチームがどのタイプの動きをしているのかを意識していることで、ボトルネックを見つけることができる。 以上、出所: "Sports teams as a model for workplace teams: Lessons and liabilities" Nancy Katz (2001), Academy of Management Executive: The Thinking Magazine
千葉の中学校は出席番号があいうえお順ではなく、誕生日順だったので、
3月生まれのボクは、 平成2年2月22日、2年2組21番だった。 あとちょっとで、2222222だったのに! と悔しく思ったことを 懐かしく思い出しました。 久しぶりに、1年次のセクションの仲間が古い教室に集まった。90名の仲間が同じ教室ですべて同じ講義を受けた1年次とは打って変わって、2年次はすべてが選択科目制であるため、なかなか皆で集まる機会がない。そこで、各学期に一度だけ、皆で集まって、好きな教授を選んで、なんらかのテーマでディスカッションをすることにしている。学級委員長としての職務は日程の調整・連絡とテーマ選択、事前に皆に近況報告のアンケート記入を呼びかけ、あとは皆でほうばるピザの注文と宅配。ピノキオというハーヴァードスクウェアのピザ屋へでかけ、70名分のピザを車のトランクに積んでキャンパスへ戻った。担任の教授も交えた90分のセッション、前半はピザとコーラをほうばりながら、近況を報告しあう。特に、新たに婚約をして結婚を控えている人、子供ができた人が多い。留学生活中は、プライベートな面での進展が非常に多い環境だったりする。卒業後の進路は、やはりコンサルティングが多いのだが、その他には投資銀行、事業会社、ベンチャー、PE・ヘッジファンドといったところか。元の会社に戻る人たちも、何人かいた。 後半は教授にモデレートしてもらいながら、このMBAプログラムを通じて何を得たか、感じていることをディスカッションすることにした。たくさん友達ができた、世界観が広がった、ビジネススキルが身についた、といったこと以外に、特に印象に残ったのは、以下のコメント: ・ 入学前は正直MBAなんて対して役に立たないと思っていたが、先日職場同期でMBAに結局行かなかった友人と久々にビジネスの話をした。あるケースを分析するにあたって、彼と比べていかに自分が広く深く分析できているか気がつき、この1年半で自分が随分と成長していたことに気がついた。 ・ クラスメートやケースの登場人物にはすごい人がたくさんいたが、それぞれがなんらかの不安やsense of insecurityを抱えながらキャリアを築いている、ということに気がついた。どんなにすごい人でも皆が悩み苦しみながら生きている、ということは大きな励みになった。 ・ ハーバードMBAというとすごい肩書きのように思っていたが、卒業後こそが本当のチャレンジであり、これからずっと継続して努力し続けなければならない、ということを学んだ。 ・ 自分と異なる意見がどれだけたくさんあり、それらに注意深く耳を傾けることで、思いがけない知恵を得ることができるということを学んだ。 ・ ここにいられることがどれだけ恵まれたことかということをかみ締めるとともに、入学前の自分の世界がいかに小さくて、我々には世界中にどれだけ多くの機会が待ち受けているか、ということに気がついた。 僕自身はというと、ここでまとめることは到底できないのだが、大きくは3つであるように思える。 ・ ビジネスセンス。ビジネスというのは非常に複雑で有機的な営みだが、事業を成功に導くにあたっては、戦略・ビジネスモデルから、営業、マーケティング、生産、物流、資金繰り、設備投資、会計、リーダーシップ、倫理、人材・組織、交渉など、考えなければいけないことが非常に多い。一つ一つの専門家になったつもりはまったくないが、800近いケース分析を通じて、満遍なく多岐にわたる事項に目を光らせ、どこにてこ入れが必要か、そのためにはどのようなリソースをどうやって調達するかなど、商売の「ツボ」をかなり身につけることができた。もちろん、理論と実践は別物だが、理論を持って実践に望むことができたら頼もしいに違いない。 ・ 世界観が飛躍的に広がった。キャンパスにいると、時代、国、業界、成長ステージを越えて、多岐に渡るビジネスや人物像、意見や価値観、人生観にexposeされるので、より大きな視点を持って、自分のこれからの人生を歩んでいけるように感じている。結局のところ、it's all about perspectivesという気がするので、これは本当に値段をつけることができないほど貴重な体験だと思う。 ・ very deep self reflectionを絶えず余儀なくされたこと。いきなり世界中から集まった90名の中にほうりこまれ、自分とは何者なのか?ということを考えることに始まり、ケースでは常に「自分がその立場にいたらどうするだろうか?」を考えさせられ、リーダーシップや倫理のコース、あるいは著名人のスピーチや進路を考えるにあたって、繰り返し「自分にとって大切なものは何か?自分とはどういう人間なのか?」ということを自問させられた。これは留学生活のあいだだけの一時的な体験ではなく、今後の人生でも絶えず行なっていく必要があることだ。
今週号のBusinessWeekのカバーストーリー"Going Private" は、近年のPEブームをバイアウトファームで働く経営者の視点から捉えていて面白い。
ジャック・ウェルチはCDRというファンドの会長を、元IBMのガースナーはカーライルの会長を勤めていることはよく知られているが、他にも元フォードやGapの会長がバイアウトファームの投資先で活躍していることを取り上げ、いまや公開会社の経営者よりも、非上場化したビジネスの方が四半期毎の業績にとらわれず、長期的な視点から経営ができること、そして彼らにとっても金銭面でのアップサイドの可能性が高いことを強調している。ガースナーは、「公開企業の経営者に戻りたいとはまったく思わない」と述べた上、最近の米国株式市場における四半期毎の業績が過度に重視されることを問題視している。 今回面白いと思ったのは、これまでは「バイアウトファンドは短期的な利益のみを重視し買収先企業を切り売りする」、といった「バイアウトファンド=短期思考」という論調で語られることが(日本では)多いが、実際には平均的な株主の保有期間が半年以内であるという米国の実情にかんがみれば、簡単に売買できる株式市場の株主よりも、中期で大きなゲインを狙わなければならないバイアウトファンドの方が長期視野でpatientな株主であり、次の買い手にも魅力的と映るような持続可能な成長力を持った企業に育てあげなければならない、といったことだ。アクティビスト=ものいう株主の活躍が目立ってきた日本の現状は、米国の株式市場に少しずつ似てきていることも考えると、同様の議論が日本でもされるようになるのも遠くないだろう。 「バイアウトファンド=善」であると断定するつもりはないが、本質的な役割を踏まえたうえでバランスの取れた議論がされることが、今後の資本市場およびPE業界の発展にも望ましいと考えている。 先週の Leading Teamsの授業で、Public Image Assessment Exerciseなるものをやった。自分のパブリック・イメージ、すなわち世間にどう見られたいか、どう見られたくないかをキーワードでどんどん書き出していき、そのために何をすべきか、何をしないべきか、といったものを書き出してみる。「己を知る」というself assessmentは何をやるにしても継続的に行なっていく必要があるものだが、今回はそのアセスメントがチームのパフォーマンスにどう影響するか、という視点から議論もした。「イメージ」というと、なんだか「真の姿とは異なる偽りの姿」といったネガティブなconnotationもあるようだが、人とのかかわりのなかで生きていく以上は無視できない要素だと考えるべきだし、イメージ作りは無意識のうちに誰もが多かれ少なかれ行なっていることである。ウソの自分を演じる必要はないが、じっくり付き合って本当の自分のよい面も悪い面も知ってもらう時間がない関係が多い以上、よほど「素の自分」に自身がある人以外は、一度は考えてみる価値がある。 本ブログも(ハーバード、MBA、PEなどの一部のコミュニティのあいだで)結構知られてきていることもあり、ブログを読んでくれているという方から連絡をもらったり、話をする機会が増えてきた。面白いのは、人によって持っているイメージが異なるというもの。 よく言われるのは、 「いい生活してますねー」 「勉強大変そうですよね」 「最近は手抜いてますよね」 「いつもお料理されてるんですよね」 「宴会がいつも楽しそう」 「正直、もっと偉そうな人だと思ってましたが意外と●●ですねー」 自分が興味がある記事を拾い読みして、そのなかからそれぞれの解釈を加えてイメージができあがっているのだろう。自分は留学生活のなかでハイライトとなるような印象的な場面を取り上げて書いているのだが、読んでいる方にはそれがあたかも日常であるかのように映る。自分自身についても、無意識のうちに「ありたい姿」が映しだされるように、言葉やトピックを選んで表現をしているわけだ。もちろん隠し切れないものもあるが(「あいつ自己顕示欲が強いよね」もよく言われる…)、皆さんは基本的にはボク自身の手によるイメージ戦略にまんまと乗せられてしまっているわけだ。(ちなみに白状すると、料理はたまーにしかやってないし、ここ数ヶ月はほとんどやってません…) 上手に自分を売り出していける人とそうでない人では、残念ながら巡ってくるチャンスや寄って来る人の数も変わってくる。得意な人も不得意な人も、一度自己分析とアクションプランを作ってみると、職場での周囲との付き合い方が変わってくるかもしれない。 # by diwase | 2006-02-21 15:09
最近授業にケースの当事者が訪れることが多いのだが、彼らが我々のディスカッションを聞いてよくいうのが、「今日指摘されたポイントは、いずれもこれまでの取締役会で何度となく議論されてきたものであり、あのときにこの議論を聞くことができたら、もっとよい意思決定ができたかもしれない」、というもの。参加する学生と教授にとっても、これが最大級の賛辞の言葉となる。そして、HBSのケースディスカッションでは、皆が真剣に、全力で自分の意見をぶつけることこそ美徳とされる。以下、授業中によく聞かれる言葉: "I disagree" "I totally disagree" "I vehemently disagree" "I cannot disagree more" etc etc... これらの発言は個人攻撃ではなくあくまで相手の「意見」に反対しているのであり、よりよい考え方や結論を導くための不可欠なプロセスだと看做されている。どんなに激しくやりあってもお互いユーモアを忘れないし、授業が終わるとけろっとしているところが気持ちよい。真っ向から反対しあうことで、同じ問題についても様々な見方があり、多面的な視点で問題を考慮しなければならないことが自然と身につく。 正直言って、僕もこれに慣れるまでは時間がかかった。前の職場では、上司と意見が異なっても真っ向から反対することができず、どうやって相手の気持ちを害さないで自分の意見を伝えようか、苦心したものだ。しかし、そもそも「相手の気持ちを害するだろう」という考え方がおかしいことに気がつかなかった。反対意見を述べることは決して相手に失礼なことではなく、よりよい解を導くために必要なものなのだから。このHBSの教室のような雰囲気を職場でも実践できたら、どれだけ豊かなアイデアをぶつけあい、新しい解決策を生み出していくことができることだろうか。 最近、自分で理想の組織を作るならどのようなものにするか、よく考えている。まず一番基本となるのは、「成長し続けられる組織」をどう作るかだと考えている。仮に最初の実力が70だとしても、毎日毎日、「どうすればもっとよく仕事ができるか?」とメンバー全員が考え続け、改善を実践できることができたら、2~3年後の組織力はみちがえるほどよくなっているだろう。組織は一時点をスタティックに捉えるのではなく、ダイナミックな存在としてどうあれるかを考えなければならない。 これらは言うのは簡単だが、それではどう実行すべきか?それは、組織の習慣や規範作りが鍵となると思う。自分の意見を、"I disagree"と全員が立場に関係なく、冗談を交えながらぶつけ合えるカルチャーを丁寧に作りこんでいく。会議では、つねに一番ジュニアな人から、「君はどう思う?」と問いかけ、皆が自分の頭で考え、意見を表明し、それらの意見が取り入れられるような習慣をつくる。日々の仕事をただ「こなす」のではなく、どう工夫したらよりよくできるか、貪欲に考え続けることを業務の一部としていく。 いずれも容易ではないが、それは待っていてもでき上がるものでもない。組織のリーダーが絶えず組織作りの作戦を練り、積極的にしかけていき、ときにはlead by exampleで自らが中心となって示していく。そのようなnormが定着したときに、組織は強くなれる、いや、強くなり続けることができる、そう考えている。最近お気に入りの"Leading Teams"という授業では、毎日こんなことを苦戦しているチームの事例分析を交えて、議論しているわけだ。 ヘッジファンドとバイアウトの競合は最近流行のテーマだが、今日はヘッジファンドによるベンチャー投資という話。何度か書いているが、いま取っている授業でもっとも面白いものの一つが、ヘルスケアベンチャーのコース。担当する二人の教授は、一人はHBSで教鞭に立ったのちに自分で起業し、最近になって学校に戻ってきたHamermesh教授と、ボストンの名門VCファームで現役バリバリのベンチャーキャピタリストであるHiggins教授。 (ちなみに、こちらではventureというとVCのことを指し、いわゆる創業したての会社のことはstart-upということが多い。「ventureで働くんだー」というとVCだと思われてしまう)。Higgins教授が実際に投資した会社を題材として、実際の起業家を呼んでくることが多い上、そもそもヘルスケアベンチャーというのが日本ではまだまだ存在しないため、とても刺激的だ。 そして、いくつかのケースで出てきたのが、ファイナンシングをヘッジファンドから受けるという事例。例えば、今日のDES(drug eluted stent)の会社では、 ・ Series C:約$10milをHiggins教授のVCが引き受け ・ Series D:H&QとVCもう一社のほか、MaverickとBrooksideというヘッジファンド2社が入って、4社で$30milを投資 ・ さらに1年後、Series E:TudorとPequotのヘッジファンド2社が$50mil投資 ・ その半年後:IPO、時価総額$400mil というわけで、先生はウハウハなのだが、VCではなくヘッジファンドが入っているところが興味深い。 今日の会社は、過去に2社ほどベンチャーを立ち上げて、成功裏にエグジットしている起業家なので(UCLA医学部の教授で心臓外科の権威らしい)、トラディッショナルなVCからの経営サポートはさほど必要ないのだろう。むしろ、VCはバリュエーションはけちだし経営へ口出ししてくるのでやりにくい相手であり、黙って金だけ出してくれるヘッジファンドの方が都合がよいのだろう。 ヘッジファンド側も、潤沢な資金の投資先を求めて様々な分野に手を広げている。ボクが夏働いたヘッジファンドでも、医者で他のファンドにいた人間を引っ張ってきて公開しているバイオテクノロジーの企業の調査・投資を担当させ、かついくつかベンチャー投資も手がけていた。$15bnのポートフォリオを運用するとなると、一発狙いでベンチャーに数$mil投資なんて安いものだし、デューディリジェンスも公開情報でやることに慣れているので、投資までの意思決定はとても早い。他の投資案件を探すのに忙しいので、投資後もできるだけ経営にも関与したくない。IPOが決まったら、売り抜けるのでなく追加で投資をすることもよくある。もちろん、投資銀行にとっては上客なので、いい条件でIPOができるようプレッシャーもかけられる。というわけで、一定の経験を持ったヘルスケアVCの起業家にとっては、この上ないスポンサーであったりもするのだ。 以前alternative asset firmとして勝っていくためには投資対象を広げていく必要があると書いたが、どうやらベンチャーもその例外ではないようだ。「リターンを上げられればなんでもいい」という究極のflexibilityを持っているヘッジファンドは、今後もそのテリトリーをますます広げていくような気がする。
レンタルDVDのNetflixという会社を初めて知ったのは、1年目の10月、ファイナンスのケース。月額15~20ドルを払うと、ビデオを借りたい放題。同時に持てる「在庫」は2~4本までという制約があるが、仕組みとしてはウェブ上で好きな映画をどんどん選んでおくと、それらが順に郵送で送られてきて(ペラペラの封筒に入ってる)、見終わったらDVDを返信用封筒に入れて投函し、先方に到着次第自動的に次の作品が送られてくるという仕組み。寒い日もビデオ屋まで出歩かなくてよく、思いついたときにじゃんじゃん作品を選んでおくと忘れた頃に送られてきたりするので、使い勝手は非常によい。ウェブ上のインターフェイスではジャンル別や個々人の好みに合わせたお勧め作品の紹介や、更にはブロードバンドを活かしてトレーラーなども見れるので、マーケティングも色々と効果的な仕掛けができる。面白いビジネスだ。既存のビデオチェーン、Blockbusterがネットに進出することを発表した直後、株価は一時暴落したが、その後はまた取り戻している様子。日本ではツタヤとか、類似のサービスやっているのかなぁ?
今日は大雪で外に出られなかったので、家にこもってロマンチックな映画でも見よう、そう思っていたのだが、届いていたのがなんとエンロンの破綻を振り返ったドキュメンタリー作品だった。ライブドア事件もあって、去年ethicsの授業でやった同社のケースを取り出して読んだりしていたので、なんともタイムリーなのだが、いかんせんロマンスには欠けるなぁ。見終わってみて感じたライブドア事件との違いは、関係者の数の大きさか。従業員は3万人、彼らが年金資産として401Kで積み立てていた自社株は12億ドル、他の年金ファンドが保有分は20億ドル。LDはどちらかというと、デイトレーダーっぽい人たちが株主としては多かったようなイメージ。フィデリティよ、お前もか、そんな記事もあったが。エンロンでは電力会社で作業員としてコツコツ働いていた人が、たまたまエンロンに買収されて会社の株がすべてエンロン株になってしまった結果、ずっと年金代わりに積み立ててきた株がすべてパーになってしまったとあり、かわいそうだった。また、多くの銀行はエンロンがやっていたオフショアのペーパーカンパニーに出資をして利益を得ていたし、彼らをチェックすべきだった投資銀行のアナリストたちも、途中からブラックボックスとなっていた利益の源を探ろうとしなかった。時代の変革者とマスコミがもてはやしたのは、同じか。また、エンロンの場合は当局の介入を待たず、内部告発で明らかになったことも違う。先日読んだ記事によると、こちらではwhistle blower(笛を吹く人=内部告発者)は企業の賠償金の何割高を成功報酬としてもらえるそうだ。なんとも現実的というか、そこまでファイナンシャルなインセンティブでひっぱるか。また、エンロンのSPCを使った飛ばしに関わっていた銀行は10億ドル規模の和解金を当局に払っていたような気がする。LDでは株主代表訴訟とかどうなるのだろう? ちなみに、ロマンチックと言えば先週見た映画"The Notebook"は超お勧め。久々に、ぼろぼろ涙を流して泣いてしまいました。
先日ご案内したとおり、今週末はAsia Business Conferenceが行なわれている。オーガナイザーの努力もあって、去年に比べて大盛況。他校からも多くのアジア系学生が訪れていて、連日夜の会合が催された。
印象に残ったのは、中国人VCによる中国政府に関する発言: 「最近の若手官僚の多くは海外で教育を受けてきていて、とても革新的だ。中国政府は、マッキンゼーとゴールドマン(出身者)、そしてCIAが動かしているとの冗談もあるくらいだ」。 会場は中国人学生であふれていて、欧米で教育を受けたこれだけの数の学生が本国に帰国したのち、中国社会を変えていく大きな原動力となるだろう、そう思わずにはいられない。我々日本人留学生も、数で言えばずっと少ないが、こちらで学んだことを活かして、世の中を少しでも動かしていくcatalystとなりたいものだ。 # by diwase | 2006-02-13 08:57
マートン教授のファイナンス講義、引き続き面白い。(注:以下、非常にマニアックな内容です。)月曜日は投資家のリスク管理というテーマのなか、プライベートエクイティ・ポートフォリオのリスクをどう図るべきかが題材。通常は上場・売却などのliquidity eventまで簿価で計上されているため、「マーケットと相関が低くリスク分散になるんですよー」と投資家に説明する(ボクもそうしてた)。 しかし、このポートフォリオの本当のシステマティックなリスクを理解しようとするなら、業績のファンダメンタルズはマクロの業界動向に影響される部分が大きいし、投資を流動化しようとするならばその時々の市場の時価評価に影響されるのであるから、未上場企業といえども時価評価されるべきである。実際に、PEの研究の権威であるHBSのLerner教授がやった研究によると、近似値的に出してみた時価評価は、実はボラティリティはそれほど低くなく、投資家が理解しているリスク・リターン性向は正確でない、というのがポイント。これは決してPE投資が悪いということではなく(実際に30年分のデータを提供したWarburg Pincusのリターンは、このような手法でリスク調整したのちも驚異的な結果)、投資家が正確に自身のポートフォリオ投資を把握していないことを問題視しているわけだ。 火曜日は企業のリスク管理の観点から、企業の年金資産・債務をどう見るべきかという問題。年金については積立不足がとかく話題となるが、マートン教授が指摘するのは、積み立て不足よりも資産と負債のミスマッチ、ALM (asset liability management)を問題とすべきということ。例えばGMについてみると、株の時価総額が$13bn、年金負債が$100bn強、年金資産が$75bn程度。この$25bnの積立不足もさることながら、問題は負債のほとんどが確定給付であり、資産の大半が株で運用されているということ。これは言うならば、元本が$75bnで、S&P500のリターンを受け取る代わりに固定利率の債券のリターンを支払う、スワップ契約を結んだのと同じだ。もし時価総額の5倍もの額のデリバティブ取引を行なっているという理解をしたら、取締役会はこの取引をOKするだろうか? 確定給付で積立型の年金であれば、エクイティでリターンを狙うことは意味がなく、債務とマッチしたfixed incomeの資産を持つべき、というのが彼の主張。年金資産はオフバランスであるため、別扱いしてもいいような気になってしまうが、積立不足がある限りは企業の株主にしわ寄せがくるのであり、その限りでは会社の他の資産と区別すべき理由はないのだ。そのような観点から、企業全体の本当のバランスシートを見なければならない。 これら2日間に通じる問題意識は、「ファイナンス理論を元に新のエコノミスクに基づくリスクを見たらこうあるべきなのに、会計上や制度上の理由から、世の中の人たちは間違って理解している」というもの。細かい数字の話をするのではなく、正統派のファイナンス理論が、いかに真実に近い姿をあきらかにしてくれるか、教えようとしてくれている感じがする。 似たような話で、理論ではそうだけどなかなかそうは考えられないな、という例としては、先週にやった、life-cycle modelにおける個人の資産設計というテーマ。個人の資産運用でリスク資産30%、安全資産70%という配分を考えたとする。普通はこれを金融資産だけで考えて、貯金の1千万の配分として考えてしまうが、本来であればこれにhuman capital、すなわち自身に生涯賃金(のNPV)をも資産として考えるべきではないか、とのこと。仮に生涯賃金のNPVが2億円だとすると、自身の資産は2.1億円。生涯賃金のうちリスク資産見合いのものが2割あるとすると、アセットアロケーションとしては2.1億円×30%=62百万円、うちhuman capitalの40百万円がすでにリスク資産となっているので、残りの22百万円を金融資産からリスク資産に投資すべき、ということになる(この場合は借入して株を買うということか)。この考え方を使えば、人は年を取るとリスク回避になってリスク資産を減らすのではなく、human capital部分が減るので相対的に金融資産における安全資産の割合が高まる、ということが説明できる。なんのこったい。これも、ファイナンス理論に忠実に、資産とリスクをwholisticに見る、ということの例なのだろうが。 話はアセットマネジメントのトレンドということに移り、水曜日はalpha transportというテーマで、ある資産で超過リターンを出せるファンドマネージャーは、そのαを他の資産にも移転できる、というもの。題材は、スタンフォードの教授が作った会社がモーゲージ証券化のアービトラージで儲けていたが、のちに先物などを使って、S&Pをベンチマークとして勝つファンドを作って売り出している事例。スワップなどをかませば、不動産の専門家が、どの資産クラスのベンチマークにでも勝てるファンドを作れるというわけだ*。ただ、これってあくまでαはモーゲージから来ているので、投資家からすると今度はαの配分という観点から資産のアロケーション考えなければならないですよね、授業の最後でそう質問したら、その通りだ、とのこと。 そんな、ファイナンス漬けな1週間でした。配られた教科書は、高度な数式がたくさん並んでいて、悔しいがまったく理解できませーん。 * 例えばS&P500ベンチマークファンドとして5億預かったら、実際には4.5億をモーゲージに投資し、残りの0.5億で元本5億のS&P先物やスワップ契約に入る。これによって、デリバティブ部分でレバレッジを使ったベンチマーク投資をしつつ、残った資産を使って自分の得意分野でアルファ/超過リターンを狙っていけるというわけだ。 といっても、ジムのワークアウトではなく、破綻企業の再建+債権回収の話。これを、debt workoutという。いまターンアラウンドの授業を取っているのだが、今日のケースはここボストンを本拠地としていた、ポラロイドカメラのポラロイド社、ゲストは同社が破綻前のメインバンクであったBank of America のワークアウト部門の責任者。見るからに、こわそうなおじさんだ。ところで、ケースを読んでいてなるほどなと思っていたのだが、銀行内の組織体制として、窓口となるローン担当者と裏でチェックする審査担当者、そして回収可能性が低くなった時点で登場するワークアウト部隊が別途いる。窓口担当は自身のP&Lを持っていて、貸付先の格付けが下がった場合には、自分のPLにつけられるコストが上がる。また、対象企業の取り扱いについては、基本的に審査とワークアウト部門で検討する。こうすることによって、窓口担当者が情に流されて甘い対応をする、といったことをなくしているわけだ。邦銀もこのような体制を厳密に実行できれば、あれほど不良債権処理を先延ばしにすることはなかったのでは? ケースディスカッション後の、ゲストによる発言: ・ うちのような銀行は銀行取引でのネットワークが広いから、本気でデューディリジェンスをやろうと思えばいくらでもできる。金曜日の朝にドーナッツとコーヒーを持って、出荷担当者のJoeのところに会いに行くんだ。彼なら、どの商品がどれだけ出荷されたか、ドーナッツを喜んでほうばりながら教えてくれるから。 ・ チャプター11が見えているのだから、銀行による従業員への給与振込みを止めろという意見があったが、そういうことをやるとどうなるか、教えてあげよう。我々の銀行の会長がいる本店に、従業員が数百人単位で押し寄せる。そして、窓口にずらっと並び、1ドルで新規口座を開設する。終わると列の一番後ろに再び並び、前まできたらその口座を解約する。そのあとはまた最後列に並び、再び口座を開設する。彼らはやろうと思えば、このような行動を取れるのだ。だから、給料を止めるような真似はしてはいけない。実際には、我々はポラロイド側とタイミングを見計らって、8時30分にチャプター11のファイリングをしてもらい、その後35分に給与を振り込んだ。これによってチャプター11後の債権者として、保護されるからだ。ワークアウトの現場では、このようなディテールが非常に大切なんだ。 ・ 逆恨みをした債務者から、「あんたの娘さんは毎朝8時31分のバスに乗ってるだろう」と脅迫めいた電話がかかってきたことがある。そりゃ気持ち悪いけれど、担当者は毅然としていなければならない。どうしたかって?そいつの浮気相手の女性を突き止めて写真を撮って、送りつけてやったよ。うちの子供になんかあったら、この写真をお前の義理の父親に送るからな、って。 というわけで、とっても生々しいワークアウトの現場中継でした。 日本は40年ぶりの寒さとのことだが、今年のボストンは2月に入っても本格的な冬らしい気候になることがなく、まだ自転車で学校に通うことができている。これは異常気象。薄いコートでも凍えることなく、ひんやりとした風をきりながら、晴れやかな空を見上げつつ、一日一日、この生活も終わりが近づいていると思うと、寂しい気持ちになる。先日、学校の友人がこんなことを言っていた。なんか、今年に入ってから、皆が最初の学期のように一所懸命勉強してるよね。授業中手はじゃんじゃん上がるし、よく読みこんできている。きっと、もうこうやって学校で勉強するのは最後だから、そう思っているんだろう。その気持ち、よく分かるなー。ここまで来ると、要領よく流すだけだともったいない、目一杯勉強しよう。そう思いつつも、実際にはバタバタしていてなかなか十分に時間は取れなかったりもするのだが。 授業は4月末で終わるし、3月には1週間の春休みがあるので、実質的にはもう2ヶ月半くらいしかないのだろう。ここでは、仕事のあらゆるストレスから解放され、(翌日の予習以外は)何も心配することなく、世界中から集まった同世代の優秀なクラスメイトたちと、大切な家族友人に囲まれながら、豊かな時間を過ごすことができている。あとから振り返ると、なんて恵まれた時間だったのだろう、そう思うに違いない。 ボクはなぜだか、高校くらいのときから、その時々の儚さという感覚に非常に敏感で、いつも、この時間は過ぎ去ってしまったらもう来ない、この瞬間瞬間を大切にしなければ、そう意識してきた。年を取るごとに、残された人生が短くなってしまうことへの恐怖に似た気持ち、そういってもいいかもしれない。初めてその感覚を覚えたのは、高校1年のときに友人たちとカラオケで汗だくになって熱唱していたときであったことを記憶している。まさに青春と呼ぶに相応しいエネルギーに包まれながらも、大音量のなかでふと我に返った自分は、ああ、この時間は今にしか存在しえないんだ、そう思ってふと寂しくなったのを今でも覚えている。 そうでありながらも、矛盾するようだが、いつも自分がなんらかの過渡期にいるような気がして、次のフェーズへ進むことをばかりを考えてきた。中学のときは早く高校に行きたかったし、高校のときは、早く大学に入りたかった。大学のときは早く仕事をしたかったし、社会人になってからも、常に自分は将来の何か大きなことのために助走しているかのような感覚を覚えていた。 しかし、今はじめて、次へ進まなければと焦ることなく、毎日毎日を楽しみに生きることができている気がする。それは、30を目前に控えて、自分の人生が何か(コンサルティング会社のパートナーになるとか、何か重要な地位につくとかといった)ゴールへ向けた準備期間ではなく、自分にとって豊かだと感じることができる時間をどれだけ過ごせるか、その一日一日に意味があるということに気がついたからだろうか。 ウォーレン・バフェットが、かつてHBSの学生たちにこう語った。君たちは、セックスを年を取ってからの楽しみに取っておくようなことをしてはいけない。私は自分が選んだ仕事が楽しくて楽しくてたまらず、毎日職場まで文字通りタップダンスをしながら行っている。将来の起業を目指しつつも、とりあえずは修行と思って自分が本当にやりたいと思うこととは違う職場についつい飛び込もうとしてしまう若者たちを前に、その洞察力だけで数兆円もの資産を築いた老練の投資家は、将来の漠然とした楽しみに今を犠牲にすることなく、その瞬間瞬間を自分が充実すると感じる時間を過ごすことの大切さを、彼独特のユーモアを交えて、伝えてくれたわけだ。
日本でどれだけ普及しているか知らないが、こちらでは無線ルーター(英語発音は「らうた」)が結構流行っている。家庭で一人一台PCを持っているとルーターが自然と必要となるので、ルーターの普及も個人主義の現れということだろうか。我が家は3階建てなのだが、3階に置いてあるルーターで、1階にノートPCを持っていても使える。それどころか、お隣さんとかご近所さんの電波もグングン入ってきたりする。アパートに住んでいる人なんかは、ISPアクセスをご近所さんと共同して使っている人もいるらしい。
学校の学生掲示板で奨められていて購入したのがシスコの子会社、Linksysのもの。小さくて軽くて安くて、かつセットアップが非常に簡単なのが魅力。かつて、NTT製のものを買ったことがあるのだが、バルキーな上に、設定が非常に複雑で(説明書を読んでやってもまったくできない)、結局ほとんど使わずじまいのまま、実家に放置されていたりもする。この違いは、なにかと技術を囲い込みたがるNTTの自前主義と、買収によって成長を重ねてきた、モジュラーでオープンな技術を重視するシスコの戦略の違いを、極めて分かりやすく物語っている。 使っていると、接続がたまーにおかしくなるのだが、そんなときは24時間のコールセンターへ電話。すぐにインドへつながれ、若くてやる気がみなぎる技術者へ繋がる。状況を説明すると、はい分かりました、それではミスター・イワセ、次の手順を試してみてください。繋がらないよ。そうですか、それでは、この手順を試してみてください。てきぱきてきぱき、丁寧に応対してくれる様は、プロフェッショナリズムが感じられて気持ちがいい。大抵の問題は、すぐにフィックスしてくれるし。 少し前のBusinessweekで、海外へのアウトソーシング、いわゆるオフショアリングの特集が組まれていた。2004年夏、大統領選挙前にはこの功罪が論点になり、「オフショアリングは米国経済にとって悪いことだ」とケリー候補がしかけて、「そんなことはないだろう」と皆思いつつも、政治的に言うに言えない雰囲気となっており、offshoringという言葉タブーのような感じになった。日本でも有名なマンキュー教授が、「経済学的にはオフショアリングは米国経済にとってプラス」といった、至極まっとうな議論を展開したところ、各方面から非難を浴びることになり、この問題の米国内におけるセンシティビティを感じさせた。 中西部の製造業が海外に拠点を移し、そこで働いていた労働者たちが雇用を失う、というのは いまだに生々しく続くのだが(最近ではGM/Fordの大リストラが発表され、WSJの一面で3代続けてGMで働いていた家族の物語とかが載っていたりする)、感覚としては「ちょっと古い」話となっている。最近のオフショアリングはホワイトカラーの仕事も海外に流出するという点に特徴がある。それはデータ入力やコールセンターといった下流工程のものだけでなく、人事給与などの総務周りや法務・会計といったバックオフィス業務、ひいては研究開発、市場調査といった上流工程のものまで、海外で行なわれるようになっているそうだ。しかも、従来の「ソフトウェア開発をバンガロールへ」といった典型的なパターンに止まらず、その行き先もインドだけでなく、中国、東南アジア、南米、そしてロシア・東欧が有力な拠点として浮上しており、彼らがこぞってアメリカの大企業の案件を受注しようとしている。さながら、世界でその腕前を競う、オリンピックが行なわれているようだ。製薬大手のファイザーやマイクロソフトは中国に大きな研究所を作っているし、いまはポーランド・チェコなどの東欧諸国がインドよりも安く、若くて優秀な人材を提供できるとして注目されている。 読んでいて、本当の意味でintegrateされつつある世界のダイナミズムを感じながら、そのなかで日本というプレイヤーが登場しないことに気がついた。まるで、世界がものすごいスピードで一体化していくなかで、日本だけが孤立しているかのよう。確かに、海外に工場移転をしたり現地の販売会社を作ってやってきたが、本当にグローバルなサプライチェーンを使いこなしている企業はまだ少ないだろう。また、先にみたようなバックオフィス業務や知的労働を海外へアウトソースすることは、言葉の問題があって難しいと思われる。 もちろん、何でもかんでも業務を切り離して外だしするのがよいわけではなく、自動車業界では日本式の一気通貫モデルの強さが証明されている。四半期毎の壮絶な利益プレッシャーに追われる米国企業と違って、日本企業はそこまでコスト削減をしなければという意識もないのかもしれない。総論としては、ボクも日本企業がバックオフィス業務をすべて海外にアウトソースすべきだとまでは思わない。ちょっとガツガツしすぎて、落ち着きがないよね。 他方で、多くの業界ではグローバルで熾烈な競争が行なわれており、一円でも多く利益を生み、再投資の原資を作ることが必須の命題となっている。オフショアリングも、コスト削減を目的とした海外へのアウトソーシングなら、国内オペレーションの効率性向上で補えるかも知れない。しかし、それが研究開発などに使われるようになり、世界中のbest and brightestを活用した商品開発に活かされるようになると、話は変わる。米国の真の強さは、国籍にこだわることなく、世界中からの才能を集めて、彼らが力を発揮するプラットフォームを提供していることであるように思える。日本企業も、新しい形のオフショアリングを可能にした技術や環境の整備をフル活用して、価値ある新しい商品サービスを生み出すために、世界中からリソースを結集していく力を見につけるべきだ。 土曜日は、友人のお誘いで、ボストン日本人研究者交流会で「バイアウトファンドの展望」なるタイトルでプレゼン。対象は、ハーバード・MITなどで研究されている日本人の方々で、ビジネス界とは無関係の方も少なくなく、新鮮な体験だった。MITの教室に、60名強集まって大盛況。確かに、ハゲタカ・ファンドって 業界外の方からしたら、ものすごく異質な世界だよなぁ… 他業界の方々とお話して、いかに自分が日ごろ狭い世界で生きてるか、思い知らされました。
HBS Class of 2008 の合格者第一弾が発表されたらしく、「合格しました!」という嬉しい便りが寄せられている。自分も、合格通知を受けたとき(正確にはウェブサイト上でアクセスして自分で確認したのだが)の、あの天にも昇る気持ちは忘れられない。
今日はshopping period、2日目ということで、 ・ Entrepreneurship in Healthcare ・ Leading Teams ・ Effective Leadership in Social Enterprise のコースに顔を出してみた。 ヘルスケアは米国GDPの16%を占める大産業で、日本もきっと同様だろう。同業界のベンチャーについてはこちらが相当進んでいるだろうと思い、個人的にも業界系の人との付き合いが増えてきたので、ここらで勉強しておけば将来きっと日本で役に立つと信じたい。こちらはまだウェイとリストなので、最終的に取れるかどうかは不明。 チームに関するコースは、久々にリーダーシップ的なものを取りたくなったから。今日は上手くいっていないクロス・ファンクショナル・チームの事例と、3人で創業したベンチャーが3人の熟練経営者を招聘して社内分裂を起こしている事例、2つを取り上げた。いつか自分がよりオペレーションに近い仕事に就くとき、このような事例の分析を繰り返すことは役に立つと期待。 最後は、昨年お世話になったChu教授によるSocial Enterpriseの授業。そういえば、年末にインドの友人宅にお世話になったのだが、そこの奥さんの本棚にSocial Enterprise関連の書籍が並んでいてびっくり。日本でも注目して学んでいる人たちが、少しずつ増えているのね。 まだ時差ぼけが取れず、なかなか本調子になれない。外は強風が吹き、雨が降り、大荒れに荒れている。そんななか、嬉しい合格発表の知らせをきっかけに、燃えていた初心にかえって、残りの一学期を頑張って過ごさなければ。
学期初めの2日間はショッピング・ピリオドと呼ばれ、色々と講義に出て周れることになっている。一通り全コースの第一回の授業が行なわれると、一度仮決めになっている自分のコースを調整すべく、追加で科目選択をウェブ上で行なうことになる。これがadd-dropと呼ばれるプロセス。
とりあえず今日は、 ・ Functional and Strategic Finance(マートン教授のファイナンス講義) ・ Entrepreneurial Manager in a Turnaround Environment (ベンチャー企業における経営再建) ・ Managing International Trade and Investment の3つに出席。最後の授業は、時差ぼけによる睡魔のため、30分で退席。こんなことが許されるのも、ショッピング・ピリオド中のみ。 週前半のX-scheduleの授業は大体これで決めようと思っているのだが、あとは後半のY-Schedukeの授業をどれにしようか迷っているところ。難しいのは、自分がAを落としてBに代えようと思っても、Bが取れるとは限らないこと。現時点で仮押さえはできているのであまりいじくりたくないのだが、他方で冬休みを終えてキャリア観をまた新たにしていると、ここでとっておきたい内容も変わってくるのも自然なこと。 この点について、マートン教授がいいことを言っていた。オプションの計算方法やバリュエーションの手法は、それはとても大切なことなのだが、本コースでは教えない。なぜなら、それは数年間したら時代遅れになっている可能性があり、キミらの「棚に座っている期間」が短いから。私はむしろ、何10年と経っても生き続けるであろう、long shelf-lifeとなるようなファイナンスの考え方を教えてあげたい。 これは科目選択を行なう上でも参考になるし、もっと広く自分が学んでいく上でも参考になる。つまり、今すぐ興味があって、明日からでも使える技法を見につけるための勉強と、もっと深く、長期にわたって自分の指針となるような勉強。いずれも重要なのだが、せっかく現場から離れてじっくり学べる環境にあるのだから、できるだけ後者のような科目を選ぶべきなのだろう。 先学期は特定の科目分野について深く掘り下げることができて興味深かったのだが、1年次のような「わお!」という感動とインサイトに溢れる瞬間がさほど多くなかったような気がする。ややもすればファイナンスや実践的な内容に偏っていた科目選択を、もう少し長期的な視野から選びなおそう、といっても明日一日しかないのだが。 # by diwase | 2006-01-18 14:36
明けましておめでとうございます! 2006年が皆さんにとって 実り多い一年となりますように 岩瀬 大輔 平成18年 元旦 # by diwase | 2006-01-01 00:43
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友人の奨めで、デリーから南に120キロ、ジャイプールに向かう高速道路の途中のニームラナ村にある、15世紀の城跡を改築したホテルに宿泊。authentic ? なインド体験をしてきた。
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恨むぜ インド領事館
月曜日にボストン発⇒火曜に東京着、木曜に成田発⇒デリー着のチケットを買っていたのだが、先週中に戻ってくるはずのパスポートがインド領事館から帰ってきていないため、帰れなくなってしまった。 先週の月曜というギリギリのタイミングでNYのインド領事館に向かう。大混雑かつ手際が悪い場所で、2時間以上待たされる。ようやくビザ申請書を提出したのだが、 「米国人以外は即日発行できない、一週間かかる」 と言われてしまい、ショック。 「じゃぁいい、東京でやるからパスポート返してくれ。」 「いや、もうお金もらっちゃったから返せない。」 怒。 「もうカネはいいから、パスポート返してくれ。」 「もう手続き始めちゃったから返せない。」 激怒。 「月曜日に東京に帰るので、いいから返してくれ。」 「もう手続き始めちゃったから返せない。」 怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒 「(パスポート 目の前にあるじゃん) もういい加減にしてくれ!いいから返せ!」 「すーぱーばいざーに相談するから 待ってろ」 (上司登場) 「水曜日に必ず送るようにする。これでいいだろ。」 ………… というわけで、土曜日現在もなおパスポートが戻ってきてない。困ったことに、木曜にインド行きのチケットを買っている。しかも、いずれも格安航空券で、変更が聞かない。 俺の冬休みを返してくれーーー! ギリギリになるまで手続きしなかった、自分が悪いのだが… 日本ではレストランでもホテルでもチップ払わなくていいんだよ、そうアメリカ人に教えてあげたら、随分と驚かれた。えー?じゃぁ、どうやって彼らがちゃんと働くようincentiveを与えるの?いやぁ、それはお金だけじゃないでしょ。お客様が喜ぶ顔が見たくて。そう説明してみたけれど、なかなか腑に落ちない様子。こちらで生活をしていて感じた「アメリカ的なるもの」の一つが、このfinancial incentives。人を動機付けるには金銭的報酬がもっとも効果的であると考えられており、逆にそれ以外の非・金銭的なインセンティブは信じられていないように感じる。また、金銭的成功は出自に関わらず誰もが成功できるアメリカンドリームの根幹にあり、成功者がねたまれることはない。 前から考えていたのだが、日本でアメリカほどバイアウトが流行らないである理由として、この金銭的動機の相対的低さがあるように思える。Businessweekの先週号でも特集されていたが、こちらの経営者は買収された場合に多額の報酬が入るような契約が結ばれることが多い。P&Gに買収されたGilletteのCEOは$165mil、Bank of Americaに買収されたMBNAのCEOは$102mil、KKR/Bain Capitalらに買収されたトイザラスのCEOは$63mil。かような金額がボーナスとして入ってくるなら、そりゃ私でも売りますよ、愛するわが社を。こんなことが日本で行なわれようものなら、たとえ数億円の報酬でも 売国奴 ならぬ 売社奴 との非難を受けそう。 しかし、このように売り手のCEOに成功報酬的なボーナスを支払うことには、一応メリットもあるとされている。すなわち、経営者が保身のために躍起になって買収から防衛しようとせずに、純粋に株主にとって価値を最大化する選択をするようになり、かかる選択の成功報酬として払われるのだ、とのこと。確かに、最近の日本の経営者による公私混同というか、誰のための会社か という議論を一切無視したような過剰な買収防衛への動きを見ていると、このような議論も多少は理解したくなる。 それにしても米国の経営者の報酬は高すぎる。HBSのアメリカ人に言わせれば、「それだけ価値を創出しているのであれば、しかるべき対価が支払われるべき」ということだが、それにしても社長が就任数年間で数10億から100億近い報酬を普通に受け取っているのを見ると、違和感を感じずにはいられない。アメリカも決して昔からこうだったわけではない。ちょっと用があって10年前くらいを調べていたら、10億くらいでも結構な金額、そういう風に思われていたことに気がついた。今だったら、10億といっても驚く人はいないから。 あるいは、これはリーダーシップに関する期待と信望の違いなのか。すなわち、日本では社長が交代したからといってもそれはincrementalな改善しか望めず、彼個人の力量で大きな価値創出が行なわれるということは(なくはないが)、さほど期待されていない。むしろ、会社を引っ張っているのは常に現場であり、あるいはミドル層であり、マネジメントはあくまで「経営」ではなく「管理」をするに過ぎない、そんな考えがあるように思える。これに対してアメリカでは、救世主的なヒーローを好む風潮もあるのだろうが、一人のCEO就任により会社の舵取りは大きく変わり、それによって多大なる価値創出が可能であると信じられている。考えてみれば、HBSのリーダーシップ教育もかような信念のもとに行なわれているのだろう。 せっかくHBSにいながらも、2年目で選んだ授業はリーダーシップは含まれておらず、ファイナンスやアントレプレナーシップものが多いため、1年目のようなリーダーシップに対するパッションが多少冷めてきているのか。いけない、いけない。来週でペーパー提出と期末試験で冬休みに入るのだが、ゆっくり温泉にでもつかって振り返ってみたいところだ。 Jonathan に初めて会ったのは、大学4年ときだから、今からもう8年前のことになる。当時、彼はハーバードのロースクールlに通っており、ボクは「司法試験合格者による米国司法視察ツアー」なるものを企画し、総勢35名の仲間とともに、ボストン・ワシントンDC・ニューヨークのロースクールや裁判所、法律事務所などを訪問して周ったのだった。そのときに、HLS側で幹事をやってくれたのがJon。思えば、HLSの学生を前にプレゼンや議論などをしたこの旅行が、初めて海外にいる同世代のプロフェッショナルとの交流だった。Jonは大学時代にJET Programというやつで日本で1年間生活したことがあった。HLSには日本語がペラペラのアメリカ人が多数いて驚かされたのだが、なかでも彼のちょっと岐阜訛りの日本語は、なかなかのものだった。彼はロースクールだけでなく、タフツ大学フレッチャースクールの外交系のプログラムも履修しており、4年間も大学院をやっているとのことだった。 卒業後、彼はAIGに社内弁護士として入社、まもなく日本に配属となった。社内の法務業務に加え、アメリカ商工会議所の金融委員会の主要メンバーとして霞ヶ関と日本の保険業界に対してロビイングを行なう仕事をやっていた。日本に来た当初は、神楽坂の豪華マンションに一人でexpatらしい生活をしており、よくそこでパーティしたものだ。数年後にボストンで付き合っていた女性と結婚し、彼女が小さな女の子を連れて東京にやっていた。いきなり3歳の女の子のパパになるというのもね。照れながら、最初の慣れない生活について語っていた。 日本にいるのもきっとあと1年、あと1年、そう言いながら5年近くが過ぎていった。彼はまだ東京で楽しく生活をしている。仕事の方は、法律の仕事を離れて、今は商品開発の担当者として、AIGの投資信託や年金商品の開発に取り組んでいるそうだ。弁護士の資格をとっても、法律以外の業務も躊躇うことなく飛び込んでいくところが、彼らしいといえば彼らしい。世の中狭いと思ったのは、先日の懇親会にも来てくださった田村先生とも面識があるとのこと。彼は実家がボストン郊外なのだが、今回たまたま遊びに来ているとのことで、雪が降りさかる金曜の夜にディナーにお呼ばれした。Westonという緑に包まれた地域のなかにある彼の実家は、立派なお屋敷。家にはスタンウェイのピアノが向かい合って2台置いてあり、家の中はセンスのよいアート作品が多数。Jonっていいオウチのおぼっちゃまだったのね。彼とそっくりな、大柄で優しいお母さんに暖かく迎えられつつ、ディナーを楽しんだ。彼が生まれ育ったというこの家で、お母さんと時間を過ごすことで、8年来の友人の出自というか、where he came from という、新しい一面を知ることができ、なんだか嬉しい気持ちになった。 (なお、上の写真はJonではなく、彼の従兄弟と、サンフランシスコ出身のラッパーであるそのボーイフレンド。ストーリーの主人公といえども、絵になる写真がなければ登場できないのが、本ブログの厳しい掟。) 昨晩からまた雪が降ったようで、朝起きると少しだけ積もっていた。学校に行く前に、車の周りや 裏の駐車場から表に出るドライブウェイを雪かき。 今日は二つの授業が最終日。あっという間だったな。今学期は、去年のように授業の内容を書くことがあまりなかった。ファイナンスやら税務やら個別の分野では多くの学びがあったのだが、なかなかここで紹介するような性質のものは少なかったのかも知れない。 と思ってTaxの授業を受けていると、外は猛吹雪!どうやって家に帰るんだー、これ。 いよいよ、ボストンの冬がやってきました。 今日は久々にHSPH(Harvard School of Public Health)の小野崎さん一家をお招きして、我が家でディナー。お寿司と天麩羅をご夫婦が材料持込で作ってくださって、出張料理人よろしく、飛びっきりのおもてなし。人の家でご馳走になるよりも、我が家で美味しいお料理を作ってもらう方が、贅沢感は増すものだと気がついた。彼は高校時代、近所のお寿司屋さんでアルバイトをしていたそうで、プロの板前並の腕前で握りを披露してくれる。最近ではアメリカ人のクラスメイトに、ペーパーやプレゼン資料の英語添削をやってもらう代わりに、自宅に招いてお寿司を食べさせてあげているそうで、「またやらせてくれ」だとか、口コミで「ぜひ添削をしたい」という希望者が殺到しているそうだ。学生時代は家計の必要にかられて、つらい思いをしながらやってきた寿司屋のバイトが、こんなところで生きるとは当時は夢には思わなかったよ、そう語っていた。 しかし、小野崎さんの行動力とバイタリティにはいつも驚かされる。彼はこちらに来てから毎月定例の勉強会を開催しており、昨日はハーバード関連病院で外科医として活躍している日本人医師の方を招いた会合が行なわれていた。こちらで学んだ医療経営や教育、医療政策に関する知見を日本に向けて積極的に発信しようと、各種専門誌に論文10本近く書いているそうだ。HSPH初のジャパン・トリップを企画し、精力的に日本の関係者に当たっており、先日はエズラ・ヴォーゲル教授のところにトヨタの人を紹介してくれと頼みに行き、アキオ(豊田章男氏)なら紹介できるけど、そう言われて帰ってきたそうだ。あるベンチャーの事業立ち上げにも絡んでいるそうだ。小さなお子さん二人とも遊ぶ時間を作らなければならない。よく授業の予習復習もやりながらこれだけできますね、そう言うと、このように言っていた。HBSとは違い、HSPHの予習は論文を読むのがメインで、一日業の予習で5、6本読むことになる。一つ一つについて、読みながら日本語で要旨をまとめていく。それをコツコツやっていくと、一週間で40、50本近く、そのまま論文に引用として使えそうな内容がまとまっていることになる。これをずっとやってきたからね。うーん、すごい。もちろん、量だけではなく、彼の政策論や日米比較論は鋭く、挑発的な提言ばかりだ。 そんな彼との出会いも、元はといえばハーバード留学予定者のメイリングリスト向けに出したメイルに対して、唯一返事をくれたのが彼だった、そんな出会いだったりもする。初めてお会いしてからその人柄に惚れ込み、話を聞けば聞くほどその活動範囲の広さや視点の鋭さには刺激を受ける。そんな彼は、何度か本ブログにも登場してくださっている参議院議員の田村先生と知人だったりして、世界が狭いのか、似たもの同士がくっつくのか、どちらか分からないが、inspireしあえる貴重な人との繋がりの有難さを感じさせられる。このブログも、彼との出会いに大いに触発されて成長してきたところも大きい。今日こうやって久々の更新を思い立ったのも、彼に、大ちゃん、昨日の勉強会に来てた人たちが、最近ハーバード留学記更新ないけど大丈夫かなぁ?と言ってたよ、そうはっぱをかけられたから。 この生活もあと半年、考えるだけで寂しいね。握ってくれたお寿司と、上品にあがった野菜の天麩羅をつまみながら、感慨にふける。明日は雪が降るらしいよ。本格的な冬の到来の知らせも、一刻一刻と近づく留学生活の終わりを予感させるのだった。 サンクスギビング休暇ということで、天気がよいカリフォルニアに行ってきました。UCバークレーに通う知人宅にお世話になり、サンフランシスコの街、ヨセミテ渓谷、ナパヴァレー、スタンフォードと、あちこちドライブし、楽しく過ごすことができました。 とくに、ナパで飲んだOpus Oneは最高!卒業式の際に家族と開けようと、奮発して一本買って帰りました。 西海岸に住んでいる方々が、とっても羨ましくなった6日間。他方で、ずっとこんな天候だと、ありがたみが薄れてしまうかも、その点でははっきりとした四季がある日本もいいなぁ、そうまた日本が恋しくなったりもしました。 気がつくと、散っていく桜のように白い雪が舞う、そんな季節を迎えていた。薄暗い空と、突き刺すような冷気によって彩られるこの季節は、どこかメランコリックなムードが我々を包む一方で、恥じらいながら歩く二人の手が触れあうと、そこにはじめて重ねた唇のような燃えるような暖かさを感じさせてくれる、そんな瞬間を産む季節でもある。 僕らは、歩いていた。渋谷から松涛に向かう坂を、白い雪に包まれながら。乾燥した空気が、一面に広がる星空をよりいっそう輝かせていた。 横にいるその女(ひと)は、色白で長い髪、品のよさと華奢な体つきに特徴づけられ、文学を読み耽る体験を、「自分の内へどこまでも沈んでいくような快楽…いつまでも溺れていたい…」、そう例えるような人だったのだが、お酒もジャズも大好きで、そんな彼女と二人きりで酒と音に酔い、夢中に話しながら過ごす冬の夜は、もし時の流れを止めることなどができたら、そのレバーを奥深くまで、二度と戻らないように押したくなる、そんな気持ちにさせられたものだった。 ********** 僕、ジャズのスタンダードのタイトルが好きなんだ。少ない言葉に、拡がる意味が含意されていて、それはそう、まるで日本の短歌のよう。 たとえば、All The Things You Are。貴方がそうであるすべて、そのすべて… そのすべえを愛するのか、憎むのか?そこで終わる切なさが、あの悲しげなコード進行とマッチしてるよね。この曲は、エヴァンスのソロアルバム、Aloneの演奏が一番だよ。いきなり裏コードのEで始まるし、最後まで曲のテーマは登場しないけれど、それでも曲のニュアンスが十二分に出ていて、間を上手に使ったスリリングな演奏になってる。 そこからメドレーでMidnight Moodに入っていくんだ。Midnight Moodという曲も、メロディーもタイトルも大好き。Dフラットでのキーで始まるこの曲、そこで謳われる真夜中のムードというのは、そう、まるで今僕たちが過ごしている夜のような、調和に包まれた暖かさと、空に向かって無限に拡がっていく感覚を覚えさせる… でも、一番好きなのは、Turn Out the Stars かな。ほら、あの星空を見て。一面に拡がるあの星一つ一つが、まるで小さな電灯のようで、ここで部屋の電気を消すように カチッと スイッチを下に押したら、一斉に星が消えたら… 遠くにあるあの創造物が、自分の支配下にあると想うだけで、なんだか星空とconnectできる気がする… ********** この頃になると、もうすっかり酔いも回り、手を大きく広げて夜空を見上げると、まるで吸い込まれそうな気分になった。しばらくして横に視線を戻すと、彼女の白いコートが、暗闇のなかでよりいっそう映えている。 ********** 私は、雪が散るように降るこの感覚が好き。風に吹かれた雪を見ていると、まるで地面から白い雪が吹き上がっているような気がしてきて… 私は、この雪と、一つになりたい。赤ワインをたくさん飲んで、ジャズを浴びるように聴いて、そして、雪になってしまいたい… ********** その人と過ごした時間は、決して長くはなかった。それでも、今でも僕は白い粉雪が散るように降り咲くのを見ると、どこかで白いコートを、それは真っ白ではなく、どこかでに赤ワインが溢れてしまったような濃い赤が交じっているのだが、そんな白を探しているような感覚を覚えるのだった。 (Turn Out The Stars 第三回、これにてめでたく終了) ■ 本シリーズ、初めて読まれて「何だこれ?」と思われた方へ - 衝撃の第一回 - 何かともったいぶった第二回 # by diwase | 2005-11-23 14:03
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